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思索:言葉のチューニング

日本語ボカロでの外国語のカバー、無理やりなインチキを繰り返して気づいたことのまとめです。

   言葉のチューニング


ボーカロイドを純粋に楽器としてみた場合、、、
ピアノやヴァイオリンには国境はないが、ボカロには言葉の壁がある。
ピアノやヴァイオリンは、欧州の人でも日本の人でも基本的に同じ弾き方で同じ楽しみ方が出来てるんだと思う。
でも、「歌声の鳴る楽器」であるボーカロイドはそうは行かない。欧州のファンの人が今初音ミクを奏でようとしても、言葉の壁にぶち当たって、たぶん上手く出来ない。
日本の人が日本語のボカロで欧州の言葉を奏でようと思っても、同じように苦しむ。

DTMやってると、他の国の楽器もどきを音だけ鳴らしちゃうインチキがし放題なため、楽器には国境がないんだ、、、とかって思ってしまう(一つも弾けやしないどころか、見たこともないのにw)。
でもボーカロイドだけは、言葉の壁に遮られた、使う地域の限定された楽器っぽい。
歌声・言葉の鳴る楽器だから、同時に国境に閉ざされた楽器ってことになる…。


でも、発音表や他に発する音を全体的に眺めて、「我がA国のボカロのこの音は、B国の言葉のこれに相当しそうだ」みたいな作業を各国のユーザーが念入りに行えば、この壁は多少低くなるのではないか?
いわば、ユーザー側の知的な言語チューニング…。

ボーカロイドは基本的に音を外さないので、この楽器にはチューニングなんて必要ないと思ってしまいがちだ。というより、ボカロとチューニングという概念が結びつかない感じがする。機械にチューニング?
でも、それは母国語を使う場合に限られるのであって、本当は、、、広い世界を広い目で見渡せば、あらゆる楽器と同じように、ボーカロイドにも演奏前のチューニングは必要、、、と言えるのではないか?


ボーカロイドは、確かに言葉の壁に遮られた、国境の存在する楽器だけど、当にそのことによって、壁の向こうの世界と自分の居場所との違いを知ることが出来る。そーいういいところもある。
壁に閉ざされた、小さくて窮屈な部屋のなかで、「あぁ、この壁の向こうの人って、こういう歌い回しに自身の情熱をぶつけてるんだ…」みたいに気づくことが出来る。

そーいうことは、ボカロにしか出来ない。ピアノやヴァイオリンをどんなに奏でても、畑違いの歌については気づきようがない。
ボーカロイドは、いわばたくさんの言語間の、お国柄の違いをチョットだけ知ることが出来る楽器、、、ってことなのかな?



いまは、猫村いろはに「夜の女王のアリア2」を歌わせてます。もうすぐ投稿できると思う。猫村さん、これで4ヶ国語目です。
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テーマ : DTM
ジャンル : 音楽

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ゲームの記事から来た人は、ネタバレに注意してください。いきなりあらすじ書いてますし、画像晒してます。

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