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Victor Jara → Brigada Victor Jara

俺の iTunes には1万曲入ってるけど、スペイン語の曲って1曲もないなぁと思って、名前と悲しい最期だけ知っているビクトル・ハラ(Victor Jara)の音楽を調べる。Youtube 視聴と日本語サイトの読み込み。しかし迫力ある顔立ちの人だね。

南米の特にチリの人にとっては、9月11日ってアメリカ同時多発テロの日ってだけでなく、それ以前からずっと忌まわしい日だったんだろう。自分たちで選挙で選んだ政府がアメリカと手を組んだ軍部によって倒され、反対する人々が次々と虐殺されるなんて、ほんの40年ほど前のこととは到底思えない…。
ビクトル・ハラみたいな生粋の音楽人間は、俗世に背を向ける、政治に知らんぷりを決め込むって出来ないのか、政治と戦うなんて無茶ではないかと思ったけど、逆か。悪い方向に進んでいく政情に対して、歌を歌うことで正面切って向かい合うしかなかったんだろう。
政治があんなでなければ、もっと穏やかな人生を送って、音楽にも専念できたろうに、時代の巡り合わせが悪かったというか…。いやそれとも、時代の巡り合わせで政治と向き合うことになったからこそ、音楽が本物になったと言うべきか。。。


ところで、ビクトル・ハラのいま売ってるCDを探して視聴している時に変な音楽に出くわした。
使ってる楽器が全然違うし、歌っている人も違う。音質的にも大分時代を経ている気がする。つまり、ビクトル・ハラの音楽ではないみたいなんだけど、それが諸にツボにはまった。

アマゾンの「Best Of Victor Jara (Remastered)」のページ(MP3アルバム)
このページのを全曲視聴してみてください。明らかに違う音楽が混じってます、2曲目とか6曲目とか。

興味が出てきたので曲名を Youtube にコピペ。すると Brigada Victor Jara と出てきた。
紛らわしいけど、これがバンド名!? ポルトガルのフォーク・グループらしい。
となると、カタカナの読み方が分からない。ブリガーダ・ヴィクトール・ジャラ? ヤラ?

 Brigada Victor Jara
30年以上のキャリアを誇り、ポルトガル・フォークの中で多大な影響を与えたバンド。1974年のカーネーション革命後に、コインブラ出身の若者によって結成。名前は前年に無念の死を遂げたビクトル・ハラから採った。
「Eito Fora」(1977)、「Tamborileiro」(1979)、「Marcha dos Foliões」(1982)を始めとして、現在までアルバムが8~9枚ある。(ウィキペディアの要約)



自分が偶然耳にしたのは5thの「Contraluz」の模様。これが全曲素晴らしい!
それまでの作品は伝統的な音楽に専念してたのが、自分たちの音楽を標榜し出した感じだ。緊張感が違う。



この1曲目の、バイオリンの優雅な旋律に始まって、1分目くらいで唄いだされる女の人の声の美しいこと…! 終盤にバグパイプのような音で一気にたたみかける展開も素晴らしい。


でもこのアルバム全然売ってない。アマゾンだめ、HMVだめ、CDandLPだめ、海外のアマゾンだめ、ヤフオだめで、入手手段途絶えた。
というより、世に全然知られていない。日本語のサイトがないどころか、Wikipedia に記述があるのみで欧米のファンもいないっぽい。ヨウツベに地元ポルトガル人の有志がアップしているだけ。英語の会話がネットにない。

そーいう、世に全然知られていない音楽が、名前の関係で偶然にビクトル・ハラのベスト盤に紛れ込んでたみたいです。それもアルバム1枚丸ごと。

いやしかし、これは…!? こんな音楽が埋もれていたとは…!?!?!? 先日の Musicanova といい、地中海っていったい何なの? どれほどの叙情性・情熱を秘めているの?

という訳でポルトガルの音楽に興味出てきたので、マドレデウスとか Banda do Casaco とか聴いてみようと思います。昨日までポルトガルの文化っつったら、ルイ・コスタの芸術的なパスとかしか知らなかったニワカですが。

また散財かぁ…!
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【猫村いろは】 夜の女王のアリア 2

猫村いろはの「夜の女王のアリア 2」を投稿しました。



求められる体重の半分くらいの女の子が、求められる筋肉の動きを無理やりこなしている感じ、、、でしょーか?

ドイツ語は、ウムラウトにさえ目をつぶれば、他の母音は[aiueo]だけみたいだったし、文字が多い割に単独子音も1個だけが多かったので、英語よりは楽でした(少なくともこの歌に関しては)。
Nietzsche が「ニーチェ」であるように、ドイツ語の文字の多さは見せかけで、音の構成メンバーは日本語と大体同じと見ました。それだと入力は楽です。
唯一、「ザラstロ」が単独子音2個で苦しかったのですが、[s][t]の間でトラックを分けることによって、次の[4 o]も含めて3つとも発音させることに成功しました。他にも「auf」「ewig」のとこもトラック分けが上手く活きました。自分的には大きな一歩前進でした(もっと早く気づけ~!)。

いろはの歌い回しに関しては、[h]系の子音を物凄く強く発する癖が、ドスを利かせたような感じになってドイツ語および曲に合うなぁと思いました。それから、「マァミィル!」の直前に[N¥]の子音を1オクターブくらい下げて配置すると、地声と裏声の瞬間的な切り替えにつながり、何か、ニューハーフの人の喋り方、またはヨーデル歌っているみたいな陶酔的な響きが生じることが分かりました。

猫村いろはの持ち味は、やっぱりこの地声と裏声の切り替えの美しさだと思います。

テーマ : DTM
ジャンル : 音楽

思索:言葉のチューニング

日本語ボカロでの外国語のカバー、無理やりなインチキを繰り返して気づいたことのまとめです。

   言葉のチューニング


ボーカロイドを純粋に楽器としてみた場合、、、
ピアノやヴァイオリンには国境はないが、ボカロには言葉の壁がある。
ピアノやヴァイオリンは、欧州の人でも日本の人でも基本的に同じ弾き方で同じ楽しみ方が出来てるんだと思う。
でも、「歌声の鳴る楽器」であるボーカロイドはそうは行かない。欧州のファンの人が今初音ミクを奏でようとしても、言葉の壁にぶち当たって、たぶん上手く出来ない。
日本の人が日本語のボカロで欧州の言葉を奏でようと思っても、同じように苦しむ。

DTMやってると、他の国の楽器もどきを音だけ鳴らしちゃうインチキがし放題なため、楽器には国境がないんだ、、、とかって思ってしまう(一つも弾けやしないどころか、見たこともないのにw)。
でもボーカロイドだけは、言葉の壁に遮られた、使う地域の限定された楽器っぽい。
歌声・言葉の鳴る楽器だから、同時に国境に閉ざされた楽器ってことになる…。


でも、発音表や他に発する音を全体的に眺めて、「我がA国のボカロのこの音は、B国の言葉のこれに相当しそうだ」みたいな作業を各国のユーザーが念入りに行えば、この壁は多少低くなるのではないか?
いわば、ユーザー側の知的な言語チューニング…。

ボーカロイドは基本的に音を外さないので、この楽器にはチューニングなんて必要ないと思ってしまいがちだ。というより、ボカロとチューニングという概念が結びつかない感じがする。機械にチューニング?
でも、それは母国語を使う場合に限られるのであって、本当は、、、広い世界を広い目で見渡せば、あらゆる楽器と同じように、ボーカロイドにも演奏前のチューニングは必要、、、と言えるのではないか?


ボーカロイドは、確かに言葉の壁に遮られた、国境の存在する楽器だけど、当にそのことによって、壁の向こうの世界と自分の居場所との違いを知ることが出来る。そーいういいところもある。
壁に閉ざされた、小さくて窮屈な部屋のなかで、「あぁ、この壁の向こうの人って、こういう歌い回しに自身の情熱をぶつけてるんだ…」みたいに気づくことが出来る。

そーいうことは、ボカロにしか出来ない。ピアノやヴァイオリンをどんなに奏でても、畑違いの歌については気づきようがない。
ボーカロイドは、いわばたくさんの言語間の、お国柄の違いをチョットだけ知ることが出来る楽器、、、ってことなのかな?



いまは、猫村いろはに「夜の女王のアリア2」を歌わせてます。もうすぐ投稿できると思う。猫村さん、これで4ヶ国語目です。

テーマ : DTM
ジャンル : 音楽

イタリア語の歌がカッコいい!

CDandLP.com を通じて Musicanova を買うことが出来ました。
どっかのイタリア人さん、どうもありがとう。

で、この歌が大のお気に入り↓


イタリア語の歌って面白いなぁ、日本語とも英語とも違いますね。
外国語のカバー繰り返しつくって来て思い至ったんですけど、音遊びの要素があるんですよね。
単独子音の存在によって、舌や唇や顎をコロコロ動かすのが楽しいです。

なんか興味が出てきたので、音をカタカナで書きだしてみました。
っていうかこれイタリア語なんだよね? なんかかなり方言混じっている気がするけど。

Ammo pusato chitarre e tamburo
pecché 'sta musica s'adda cagnà
simmo briganti e facimmo paura,
e cu a scuppetta vulimmo cantà.

E mo cantammo sta nova canzone
tutta la gente se l'adda 'mparà
nun ce ne fotte d'o re Burbone
ma 'a terra è 'a nosta e nun s'adda tuccà.

Tutte e paise d'a Basilicata
se so' scetati e vonno luttà
pure 'a Calabria mo s'è arrevotata
e stu nemico 'o facimmo tremmà.

Chi ha visto o lupo e s'è miso paura
nun sape buono qual è a verità
o vero lupo ca magna 'e creature
è 'o piemontese c'avimma caccià.

Femmene belle ca date lu core,
si lu brigante vulite salvà
nun 'o cercate, scurdateve 'o nome
chi ce fa guerra nun tene pietà.

Ommo se nasce, brigante se more,
ma fino all'ultimo avimma sparà
e si murimmo, menate nu fiore
e na bestemmia pe' sta' libertà.


------------------------------------------------------------
モ プゥサット キッタァレレ ェ タ
ペッケ タ ムジカ サッダ カニャ
マ リリガティ ェ ファッシマ パウゥラ
エ  ア シュクッペッタ ヴゥリマ カタァ

エ モ カモ タ ノォヴァ カツォォ
トゥッタ ラ ジェテ セ ラッダ パァラ
 チェ ネ フォッテ ドレレ ルルボォネ
 テッララ ェ ァ ノタ ェ ヌ サッダ トゥッカァ

トゥッテ ェ パァイッセ ダ バッスィッリィカァ
セ ソ シェタァティ ェ ヴォノ ルッタ
プゥレレ ァ カラァリリィァ モ セ ァレレヴォタァタ
エ トゥ ネェミィコ ォ ファッシメ トゥマァ

(キ)ヤ ヴィト ォ ルッポ ェ セ ミッソ パッウ
 サァペ オォノ  エ ァ ヴェッリッタ
オ ヴェェロ ルッポ カ マニャ ェ レトゥゥラ
エ ォ ピェモテッセ カッヴィマ カッチャ

フェメェネ ベッレ カ ダッテ ル コォ
スィ ル リリッガテ リッテ サヴァ
 オ チェカッテ シュダッテェェヴェ ォ ノォマ
キ チェ ファ グェララ ヌ テッネ ピェタァ

モ セ ナシェ リリガテ セ モォ
マ フィィノ ァルゥティッモ ァヴィマ シュパァラァ
エ スィ ムリモ メッナァテ ヌ フィオラ
エ ナ ベミァ ペ タ リッベ

------------------------------------------------------------

大きな文字で記したのが音符で表される語で、イタリア語は全然知らないけど、これに従って発音してると、とりあえず歌になります。半角文字で記したのは巻き舌です(上手く表示されない方、ゴメンナサイ)。
で、小さい文字で記したのが母音の伴わない子音、つまり音符に表れない音、単独子音で、この発音が加わることによって、歌唱が音遊びになるわけです。ドラムで言うオカズみたいなものですね。
歌の中で、舌や唇や顎で音符以外の微妙にずれたリズムをとる遊び、、、スポーツのような遊びを感じます。

白眉なのは「nun ce ne fotte d'o re Burbone」のとこ(36秒の辺り)かな?
re の巻き舌で音符を歌った後 Bur のバ行で唇を弾いてすぐに巻き舌で力を溜め、 bone で一気に吐き出す…。で小節が移ってすぐに ma 'a terra で巻き舌が続くという…。
日本語には絶対にこんな遊びの余地ありません。

素晴らしい、イタリア語!
時々「ンニャ」とか「ッチャ」っていう可愛い語が飛び込んでくるのも、渋い曲調の中の謎の愛嬌って感じでいいです。

意味全然分かんないんだけどね。
chitarre(ギター)、tamburo(打楽器)、musica(音楽)、canta(歌う)、creature(クリエイト関連?)で、たぶん音楽家のことを歌った歌なんだろなぁとしか分かりません。

追記:イタリアwikiに飛び込んで翻訳しまくった結果、
・この歌は1860年ころまで遡ることができる、ナポリ辺りの伝統的な歌、、、をエウジェニオが改訂したもの
・タイトルの意味は「盗賊の賛美歌」
・イタリアではかなりの人気で、民族音楽グループによって多数のカバーがつくられた
ということが分かった。Youtubeにもたくさん別バージョンが上がっている。街のなかで歌われたりしてて、人々の生活の中に息づいているのが分かる。

さらに追記:
これはイタリア語ではなくナポリ語でした。あまりにも気に入ったので、ボーカロイドに歌わせてみました。 → こちら

葛藤が…

最近は、CD購入熱もようやく冷めてきて、新しい曲づくりが完成間近まで来ました。
で、ニコ動に投稿するにあたって映像をどうするか考えるわけですけど、ここでまたやる気が失せてしまいます。

全くやる気起きません。投稿しなくてもいいのでは?、、、とさえ思います。
理由は複雑な私の心境にあります。簡単に言うと、前の動画がマイリス数1だったため、たくさんの視聴者に恵まれるのでもないのに凝った映像つくる気にはなれない、みたいなことです。


いろんな葛藤が渦巻いてます。それは、今のニコ動ボカロシーンに対する失望みたいなのが元になっていて、これはあまりグダグダと述べるようなものじゃないですね。書ける範囲だけで説明すると、、、

・いつ頃からか分からないが人々に取り沙汰されるのが、音楽よりも映像と作者のブランドになった

こういう見方からどうしても脱却できません。
私は音楽の出来だけに注目して個々の作品に接しているし、自分が作品を投稿するにあたっても、音楽を第一に注目してもらいたいため、何か、、、全体の雰囲気に対して、大きな齟齬を感じるようになりました。

そして、自分の作品が思うように視聴やマイリスに恵まれていない、、、という現実がやけに気になってます。
今までは音楽つくるのがとにかく楽しくて、他者の評価は気にして来なかったんですけど、初めて正面向いて相対している感じです。いろんな嫉妬や僻みと共に…。

でも、ボーカロイドが歌っているというだけで、最低でも100何回の再生があることは素直に驚くべきことです。何処の誰かも分からない無名のアマチュア自主制作音楽に過ぎないのに…。
あとそれから、ニコ動の前からDTMやってた人の話しを聞くと、今の自分のような誰も聴く相手がいない状態でコツコツとつくって自分だけで楽しむのが当たり前だった時代があったわけです。
そーいう理解もあります。

でも一方で、投稿後何十時間で殿堂入り…という作品を見ても、あまりおめでたいこととは思えない自分もいます。

こんな具合で、ニコ動ボカロシーン全体を信じたい気持ちと、信じたくない気持ちとが、激しい戦いを繰り広げているってわけです。


こうやって書き下していると、自分は実に下らないことをテーマにあれこれ堂々巡りを繰り返しているのが、分かります。ん~、人間のサガってやつなんだろうけど、醜いなぁ~!


震災から一年経って、家や家族を失った人が報道されているのを改めて見ましたけど、人間が生きる上で本当に大事な事は、再生数やマイリス数とか(あとフォローされている数とか?)では断じてないはずです。
まず、働くことが出来て生活がしっかりしていること、日常を共にする家族がいること。…1
それが土台となって、音楽つくるとかの趣味がある。…2
その上に、再生数とかマイryがある。…3

今の私は、生活はしっかりしていて今のところ問題なし。
音楽つくる趣味の面では、新しい取り組みが完成間近。チップチューンは今まで矩形波とノイズしか使い方分からなかったけど、新たに正弦波の面白い使い方を知った。
他者からの評価はあまり恵まれているとは言えない。自分はブランドを築いて来なかったので、いつも無名の新人状態。

現状はこんな感じ。で、これからどうするか。。。
どうでもいいものだと頭では分かっているのに、何故こんなにも再生数ryとかは私を苦しめるのか?


再生数ryってのは作者の力だけでどうにかなるものじゃなく、作品に触れる人一人一人の行いに拠るものではないのか?
だから、そーいうものより、自分の力でどうにかなるもの、自分が全責任を負うもの、、、すなわち作品の出来だけに集中すればよいのでは???


…よって、こういう葛藤の最後にたどり着く私の姿勢を短くまとめると、、、
-Yes DTM, no communication.
みたいなことになります。ボーカロイドや集めた楽器たちを趣味の世界の友だちにすればいいのです。
そして、他者からの評価には知らんぷりを決め込む。期待しない。
昨日まで出来なかったことが今日できるようになった、、、そういう一歩一歩を自分だけで喜べばよいのだ、って何度も自分に言い聞かせてます。


でも、この辺はどうやっても上手く気持ちをコントロールできません。

人間の心の一番難しいところを目の当たりにしている感じです。ちょっと前に「イントゥ・ザ・ワイルド」って映画で知った言葉、、、
ーHappiness is only real, when shared
(幸せは誰かと共有できたときだけ現実になる。言い換えると、誰かと共有できない幸せは、現実的なものじゃない)
…これです。本当にその通りだと深く噛みしめてます。当に人間のサガです。


もうすぐDTM/VOCALOIDを始めて4年…、いろいろ出来るようになりました。でも、その一歩一歩の幸せを共有できる人は身近にはいません。そういう寂しさを再生数ryで埋めようと躍起になって失望してるわけか。なるほど。赤の他人なのだから、期待したとおりに行くことのほうが珍しいのだって考えなくちゃダメだ。

でも、せめて、"こういうことが出来るようになったんだよ~"って話しを聴いてもらえる人がいればよいのですが…。一緒に喜んでくれなくても、ただ話しを聴いてくれるだけでいいから。

もう、どっかのキャバクラの姉ちゃんとかに「こんな音楽つくれるようになったんだよ~、ウィック」みたいに思いっきり絡んでしまおうかなぁ。嫌な客だと思われるくらいにしつこく、マイリス数1の音楽を…www

とすると、またお金が…。ウ~ム…。

テーマ : DTM
ジャンル : 音楽

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プロフィール

はとみね

Author:はとみね
DTM/VOCALOIDやってます。つくってきたものはこちらです。
ゲームの記事から来た人は、ネタバレに注意してください。いきなりあらすじ書いてますし、画像晒してます。

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